仕事が予想を越えてたくさんある
4.0
24歳で出発2026年5月5日基本情報
| 出発時の年齢 | 24歳 |
|---|---|
| 渡航先 | 🇦🇺 オーストラリア |
| 主な滞在都市 | メルボルン |
| 滞在期間 | 2ヶ月 |
投稿者: しん
ローカルカフェでの仕事は、想像以上に過酷でした。同僚たちのジョークに付いていけず、オーダーミスをして怒鳴られることも。しかし、彼らは「仕事ができないこと」よりも「黙っていること」を嫌いました。
拙い英語でも自分の意見を伝え、分からないことはその場で聞く。ミスをしたら「次はこうする」と論理的に話す。そんな姿勢を見せ続けるうちに、次第に仲間として認められるようになりました。半年を過ぎる頃には、常連客と世間話を楽しめるようになり、英語は「勉強する対象」から「生きるための道具」に変わっていました。
4. 帰国後に気づいた「手に入れたもの」
良かった点
- ✓日本でTOEIC 750点取ったし、なんとかなるだろう」という根拠のない自信は、メルボルンの空港に降り立った瞬間に崩れ去りました。カフェでコーヒー一杯注文するのにも、店員のネイティブな発音とスピードに圧倒され、何度も「Sorry?」と聞き返す始末。最初の1ヶ月は、家探しと仕事探しに明け暮れました。100枚以上のレジュメ(履歴書)を街中のカフェに配り歩きましたが、返信はゼロ。「経験がないなら雇えない」という門前払いの日々。貯金がみるみる減っていく恐怖で、夜中にシェアハウスのベッドで「何しに来たんだろう」と涙が出ることもありました。
大変だった点
- ✕このままでは終われないと、まずは日本食レストラン(ジャパレス)で働き始めました。そこは安心できる環境でしたが、スタッフも客も日本人ばかり。「これでは日本にいるのと変わらない」と危機感を持ち、3ヶ月後に意を決して現地のローカルカフェへの再挑戦を決めました。 今度は戦略を変えました。ただレジュメを渡すだけでなく、「ここのコーヒーが大好きで、どうしてもここで働きたい!」とマネージャーに直接熱意を伝え、忙しい時間帯を避けて何度も顔を出しました。その熱意が伝わり、「試用期間(トライアル)」を勝ち取ることができたのです日本でTOEIC 750点取ったし、なんとかなるだろう」という根拠のない自信は、メルボルンの空港に降り立った瞬間に崩れ去りました。カフェでコーヒー一杯注文するのにも、店員のネイティブな発音とスピードに圧倒され、何度も「Sorry?」と聞き返す始末。
これから行く人へのアドバイス
1年の任期を終えて帰国したとき、手元に残ったのは、目標にしていた貯金100万円と、以前より少し図太くなった自分でした。 就職活動の面接で評価されたのは、英語のスコアそのものではなく、「全くの見知らぬ土地で、ゼロから仕事を見つけ、異文化の中で居場所を作った」という課題解決能力と行動力でした。 ワーホリは決して「長い休暇」ではありません。自分がいかに無力かを知り、それでも一歩踏み出す力を養う、人生のブートキャンプのような1年間でした